中村紀子(中国の日本語教師)のwiki!ネットラジオの聞き方や収入と結婚は?【ノンフィクション】

いつも記事をお読みいただき

誠にありがとうございます。

管理人のLSEです。

 

2019年10月20日(日)  14時から

フジテレビで放送の

「ザ・ノンフィクション」に

中国で活躍している日本語教師の

中村紀子(なかむらのりこ)さん

ご出演されます。

 

2019年現在、

中国で最も人気のある

日本語の教師だと評判の中村紀子さん。

 

この記事では、

そんな中村紀子さん

wiki風プロフィールや

ネットラジオの聞き方、

また、収入や結婚などのについても

リサーチしています。

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1.中村紀子さん
(中国の日本語教師)の
wiki風プロフィール!

出典元:https://twitter.com/

名前:中村紀子(なかむら のりこ)

 

生年月日:1970年2月3日

 

年齢49歳:2019年10月現在

 

出身地:千葉県千葉市

 

居住地:中国・湖南省長沙市

 

学歴:立正大学文学部史学科 卒業

【主な経歴】

小学生の頃から、

学校の先生になりたかったという

中村紀子さん。

 

高校生の時には

「世界史」の教師になろうと決意

大学進学後は教員採用試験に

チャレンジするも落第

その後、5年間も挑み続けましたが

願いは叶いませんでした…

 

そこで、教師になる夢はあきらめ、

27歳の時に

個別指導塾の教室長として就職。

 

★訪れた転機

時代は「ゆとり教育」全盛期。

それまでの詰め込み教育はなくなり、

子供達には勉強を

「頑張らせない」「個人を尊重する」

といった風潮があり、

さらには少子化の流れも

顕著に表れてきた時代であったため、

 

全力でぶつかることのできる教育現場を

望んでいた中村紀子さん

自分のいる世界に

疑問を抱いていたといいます。

 

たまたまテレビで見た

ドキュメンタリー番組で

中国の学校で真剣に「日本語」を学ぶ

現地の子供たちの姿をみて

我に返ります。

 

そして、当時、

高度成長期を迎えていた中国の

現地の様子を自分の目で確かめたい

という思いから、

2003年3月 塾を退職した後、

中国の湖北省武漢市
世達実用外国語学校に就職され、

日本語教師として

新たなスタートを切ります。

▼波乱万丈な中国での生活。しかし…

2003年3月に中国へ降り立ち、

新たな生活をスタートさせたのも束の間、

日本語教師として開始した学校が

たったの2週間で休校となってしまいます。

 

その原因は

SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行。

これにより、外国人教師は

帰国をするか、自宅から出ないか、

の選択を迫られた結果、

約1か月半もの間、部屋から出ずに

ずっと中国のドラマを観ていたといいます。

 

しかし、このおかげか、

中国のドラマは

会話の発音が標準語で、

しかも字幕もついていたために

中国語を勉強するのに

とても役立ったといいます。

 

そもそも中村紀子さん

中国語が全然わからなかったので

このアクシデントのおかげで

集中して中国語を学ぶことが

できたそうです(^-^)

 

学校へ復帰した後は、

現地で日本語を真摯に学ぶ生徒たちに

慕われていったといいます。

 

2005年に起きた反日デモでは

ある学生から日本人だということで

冷たい態度を取られたり、

歴史上のことで詰め寄られたことも

あったそうですが

中村紀子さんを慕う生徒たちから守られた

なんてこともあったそうですよ(^-^)

 

しかし、残念ながらこの学校は

就任した8年後に

生徒募集が終了してしまい閉校

 

2011年からは

武漢市の「中南財経政法大学」
外国語学院に

日本語学科の教師として赴任されます。

出典元:https://www.google.com/

 

ここは日本でいうところの

一流大学」で、

レベルもかなり高かったといいます。

 

しかし、

日本語学科に進学してきた生徒たちのうち

その90%は日本語を第一希望で

専攻していなかったといいます。

この学部は将来、金融系や税理士となる

生徒たちばかりだったようで、

進んで日本語を学ぼうという子供たちは

少なかったようですね。

 

そして

日本語を楽しく学んでいる生徒が

殆どいなかったことに

中村紀子さんはショックを受けたといいます。

 

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★日本語を心から楽しんでもらうための努力

そんな現地の生徒たちの姿に

嘆いてばかりはいられなかった中村紀子さん。

まず、日本語サークル「南風社」

創設します。

◎生徒・クンクンとの出会い

出典元:https://twitter.com/

 

この「南風社」のPR活動をするにあたり、

生徒である張君恵さん(通称:クンクン)

がとても貢献してくれたといいます。

 

クンクンさんビデオ編集や画像処理が

得意なため、彼女の協力のもと、

大学内だけでなく、SNSを使って、

校外へも、その存在を広めていきます。

 

そして、クンクンさんの一言が

中村紀子さんをより広い世界へと導きます。

 

それが

インターネットラジオアプリの存在

すでにクンクンさんは自分のラジオ番組を

持っていたそうで、そのことを

中村紀子さんに伝えたそうです。

 

そんなアプリがあることを知った

中村紀子さん日本語で朗読をする

チャンネル局「中村Radio」を開設

2014年8月のことでした。

出典元:https://www.google.com/

 

このインターネットラジオは

瞬く間に、中国内に知られていき

わずか5年でリスナー総数が10万人

超え、総再生回数も800万回

超えています(^-^)

 

そのリスナーさんからのリクエストで

別にスタートさせたのが

インターネット日本語教室中村日語

 

広大な中国大陸で中村紀子さん

日本語を学びたいという多くの

中国の方々が、インターネットを使うことで

遠くにいても学ぶことができる

ということは

j本当に素晴らしいことですよね(^-^)

 

2019年現在、中村紀子さんは、

中村Radio と「中村日語

の活動で忙しい日々を送られているようです。

 

「中国で一番人気のある日本語教師」

という異名、そしてその評判は

これからもずっと語り継がれていくのでは

ないでしょうか(^-^)

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2.中村紀子さん
(中国の日本語教師)の
ネットラジオの聞き方は?

これほどまでに

大きな反響があり、多くのリスナーをもつ

中村紀子さんのインターネットラジオ

中村Radio」。

 

ちょっとどんなラジオ番組なのか、

聞いてみたいと思いませんか??

 

こちらに公式のサイトがありますので

是非、聞いてみてください!(^-^)

※聞きたい朗読のタイトルをクリックして
画面内の再生ボタンマークを押すと
ラジオがスタートします。

 

※サイトは中国語で書かれていますので

ブラウザをGooglechrome使用の場合は

右クリックで「日本語に翻訳」をして

日本語表示にした方が見やすいですよ(^-^)

 

中村Radio

出典元:https://twitter.com/

 

日本人が聞いてもとても聞き取りやすくて

十分楽しめる朗読ですね(^-^)

3.中村紀子さん
(中国の日本語教師)の
収入はどれくらい?

中国で自身のラジオ番組を持ち、

日本語教師として多くの中国人の方々から

愛されている中村紀子さん。

 

ちょっと気になったのは

(下世話な話ですが…)

その収入はいくらくらいなのか?

ということでした(^^;)

 

2019年現在、

ラジオ番組「中村Radio」と

インターネット日本語教室「中村日語

の運営が、

主な収入源となっていると思われます。

 

ただ、リサーチしてみた限りでは

中村Radioのリスナーとなるための

会員費や「中村日語」を利用するための

費用などがあるかどうかがわからず、

中村Radioの各番組を購読することが
できるのはわかりましたが)

具体的に、どこから収入を得ているのかが、

イマイチわかりませんでした。

 

おそらく中村Radioの方は

ラジオ番組が入っているサイトの

収益から収入を得ていると思われ、

中村日語」については

よくわかりませんでした。

 

これらについては、

確かな情報がつかめ次第、

記事を追記したいと思います!

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4.中村紀子さん
(中国の日本語教師)と結婚

2019年10月時点で49歳になる

中村紀子さん。

そのご年齢から、気になるのは

 

結婚をされているかどうか?

 

ではないでしょうか?

 

経歴を拝見しても、

過去に婚姻歴があった話はなく、

現在も、そういった様子が見られないので、

 

ひょっとしたら

現在までずっと独身だった可能性は

高いですね。

 

日本語を学びたい中国の方々のために

今までプライベートも顧みずに

必死に努力され続けてきたのでしょうから、

今までも、そしてこれからも

結婚よりも仕事を最優先で

突き進まれるのかもしれませんね(^-^)

出典元:https://www.google.com/

 

いかがだったでしょうか?

10代の頃に目指していた

世界史の教師の道に進めなかったことが

かえって功を奏し、

 

現在のような環境に身を置るように

なられたことは

人に教える」という意味では

立派に、いや、それ以上に

達成されているわけですし、

中国において日本語の普及に貢献

されていることは、同じ日本人としても

大変誇らしいことでもありますね(^-^)

 

これから益々のご活躍に

期待したいと思います(^-^)

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